私たちは「死」を、生命活動が終わることだと考えます。しかし、細胞の世界をのぞくと、死にはまったく異なる二つの顔があることがわかります。一つは、体を傷つけたり病気を引き起こしたりする死。もう一つは、体を正常に保つために、細胞が自らの役割を終える死です。

人間の体では、毎日、膨大な数の細胞が死んでいます。それでも、私たちの体が毎日少しずつ消えていくわけではありません。古くなった細胞や異常な細胞が取り除かれる一方、新しい細胞がつくられ、組織の状態が維持されているからです。

ところが、細胞の死が必要なときに起こらなくなると、がんのような病気につながることがあります。反対に、細胞が必要以上に失われると、脳の神経細胞が減少する病気などが問題になります。

細胞の死は、単なる生命活動の停止ではありません。生命を維持するために必要な仕組みであり、その制御が崩れることが病気の原因にもなるのです。

1. 細胞の2種類の死――生命には「事故死」と「自死」がある

人間の体では、毎日、膨大な数の細胞が死んでいる

人間の体は、およそ37兆個の細胞からできていると推定されています。体の細胞は一度つくられたら永遠に残るわけではなく、古くなったり、傷ついたり、役割を終えたりすると、取り除かれていきます。

人間の体では、1日に約3000億~4000億個もの細胞が死んでいると考えられています。重量に換算すると、約200グラムに相当する量です。それでも体重が毎日大幅に減るわけではありません。細胞が失われるのと並行して、新しい細胞がつくられ、組織が維持されているからです。

この数字は、私たちの体が固定された物体ではなく、細胞の誕生と死が絶えず繰り返される動的なシステムであることを示しています。

もちろん、すべての細胞が同じ速さで入れ替わるわけではありません。皮膚や腸の内側の細胞のように比較的頻繁に更新されるものがある一方、脳の神経細胞や心臓の心筋細胞のように、入れ替わりが限られているものもあります。細胞の寿命や更新の仕方は、その細胞が担う役割によって大きく異なります。

一つ目の死は、傷害などによって起こる「事故死」

細胞の死の一つは、外傷や栄養不足、酸素不足、感染などによって起こるものです。細胞が大きな損傷を受け、正常な働きを維持できなくなることで死に至ります。

たとえば、皮膚が強いやけどを負った場合、熱によって細胞の構造が損傷します。血流が途絶えて組織に酸素が届かなくなれば、細胞はエネルギーを十分につくれず、働きを維持できなくなります。こうした損傷に伴う細胞死は、一般に壊死(ネクローシス)と呼ばれる現象と関係しています。

壊死では、細胞が膨張し、細胞膜が破れて内部の物質が周囲へ漏れ出すことがあります。その結果、周囲の組織に炎症が起きる場合もあります。

このような死は、体を守るためにあらかじめ用意された正常な処理というより、細胞が損傷によって維持できなくなった結果として起こるものです。

二つ目の死は、細胞が自ら進める「自死」

もう一つの細胞死は、細胞自身の内部に組み込まれた仕組みによって進むものです。代表的なのが、アポトーシスと呼ばれるプログラム細胞死です。

アポトーシスは、細胞が無秩序に壊れるのではなく、一定の手順に従って自らを解体していく仕組みです。古くなった細胞や異常を起こした細胞などを取り除くことで、組織全体の状態を保つ役割を担います。

たとえば、体内でDNAに重大な損傷が起きた細胞が、正常な状態に戻れないとします。その細胞がそのまま生き残って増殖すれば、体に悪影響を及ぼす可能性があります。そこで、細胞死の仕組みが働き、その細胞を取り除くことがあります。

アポトーシスでは、細胞の内部にあるタンパク質やDNAなどが分解され、細胞は小さな断片に分かれていきます。その断片は、周囲の細胞や免疫細胞などによって処理されます。

このように、細胞が死ぬことが、かえって体全体の健康を守る場合があるのです。

細胞の死は、体全体にとって必ずしも悪いことではない

「細胞が死ぬ」と聞くと、組織が損なわれ、体の機能が失われることを想像するかもしれません。しかし、細胞が適切に死ぬことは、生命活動に欠かせません。

体の中で異常な細胞が増え続ければ、正常な細胞の働きが妨げられます。不要な細胞が適切に除去されなければ、組織の形や機能を維持することも難しくなります。

細胞の死には、損傷によって起こるものと、体の秩序を維持するために制御されて起こるものがあります。この違いを理解すると、細胞の死は単純に避けるべき現象ではなく、必要な場面で適切に起こることが重要だとわかります。

2. 細胞の自殺――アポトーシスはどのように進むのか

細胞の内部にある「自らを解体する仕組み」

アポトーシスという言葉は、ギリシャ語で葉や花が散ることに由来します。植物の葉が落ちるように、細胞が一定の手順を踏んで取り除かれる様子を表した名前です。

アポトーシスは、細胞が老化したときや、DNAが大きく損傷したとき、特定のホルモンなどの刺激を受けたとき、ウイルスに感染したときなど、さまざまな状況で誘導されます。

この仕組みで重要な役割を果たすのが、カスパーゼという酵素です。カスパーゼは、細胞内の特定のタンパク質を切断し、細胞の解体を進めます。

細胞の死は、突然すべての機能が一斉に止まるだけの現象ではありません。細胞内の分子が連鎖的に働くことで、細胞の構造が順序立てて変化していきます。

カスパーゼが働くと、細胞の解体が進む

細胞が修復できないほどの損傷を受けると、アポトーシスを進める信号が発生します。たとえば、細胞内のエネルギー生産に関わるミトコンドリアから、シトクロムcというタンパク質が放出されることがあります。

このシトクロムcなどが引き金となって、カスパーゼが活性化されます。活性化したカスパーゼは、細胞の構造や働きを担うタンパク質を切断し、細胞の解体を進めます。また、DNAを分解する酵素が働くことで、遺伝情報を記録したDNAも断片化されていきます。

その後、細胞は形を変え、いくつかの小さな断片に分かれます。これらは周囲の細胞やマクロファージなどの免疫細胞に取り込まれ、処理されます。分解された成分の一部は、体内で再利用されることもあります。

つまり、アポトーシスは、細胞をただ破壊するのではなく、不要になった細胞を比較的整理された形で取り除く仕組みなのです。

指の形も、細胞の死によってつくられる

アポトーシスは、病気になった細胞を除去するためだけの仕組みではありません。体が形づくられる発生の過程でも、重要な役割を果たします。

たとえば、胎児の手が形成される初期段階では、指と指の間にある部分にも細胞が存在しています。その後、指の間の細胞がアポトーシスによって取り除かれることで、指が分かれた形へと整えられていきます。

もし必要な場所で細胞死が起こらなければ、体の形が正常に形成されない可能性があります。細胞が増えることだけで体ができるのではなく、適切な場所で細胞が取り除かれることも、形づくりには必要なのです。

この例は、細胞の死が、生命の発生や成長を支える積極的な働きであることを示しています。

細胞分裂の回数を制限するテロメア

細胞の寿命に関わる仕組みとして、染色体の末端にあるテロメアも知られています。テロメアは、染色体の末端を保護する構造で、DNAの末端同士が不適切に結合したり、末端で余計な反応が起きたりすることを防いでいます。

多くの細胞では、細胞分裂を繰り返すにつれてテロメアが短くなっていきます。短縮が進むと、細胞はそれ以上の分裂を停止することがあります。こうした仕組みは、細胞が無制限に増殖することを防ぐ一つの安全装置になっています。

ただし、テロメアが短くなることが、すべての細胞でそのままアポトーシスにつながるわけではありません。細胞は分裂を停止して老化した状態になることもあり、その後の運命は細胞の種類や状態によって異なります。

重要なのは、細胞には無制限に分裂し続けないための仕組みが備わっているという点です。細胞の増殖に制限があることは、体の維持にとって意味を持ちます。

3. 長生きする細胞の死――アポビオーシスとは何か

すべての細胞が同じ方法で死ぬわけではない

皮膚などの細胞は、比較的頻繁に新しい細胞に置き換えられます。一方、脳の神経細胞や心臓の心筋細胞のように、分裂による入れ替わりが限られている細胞もあります。

こうした細胞は、長い期間にわたって働き続けます。そのため、細胞が失われたときに、同じ細胞を簡単につくり直せるとは限りません。特に脳の神経細胞は、他の神経細胞と複雑なつながりを形成し、情報をやり取りすることで機能しています。細胞が失われると、その細胞自体だけでなく、神経回路の働きにも影響が及ぶ可能性があります。

長寿命の細胞の死は、皮膚などの細胞が入れ替わるときの死とは、異なる特徴を持つと考えられています。

アポビオーシス――寿命を迎えた細胞の死

長寿命の細胞の死を説明するために提唱された概念が、アポビオーシスです。これは、寿命を迎えることに関係する細胞死を区別して考えるための用語です。

アポトーシスでは、細胞が小さな断片に分かれ、周囲の細胞などによって処理されます。一方、アポビオーシスとして説明される細胞死では、神経細胞などが周囲の細胞とのつながりを失い、縮んでいくといった変化が見られます。DNAも断片化しますが、細胞がアポトーシスのように小さな袋へ分かれるわけではないとされています。

ただし、アポビオーシスは、アポトーシスほど広く確立した一般的な分類用語ではありません。長寿命の細胞がどのような仕組みで死に至るのかについては、まだ解明されていない部分があります。すべての神経細胞や心筋細胞の死が、同じ過程をたどるわけでもありません。

長寿命の細胞が失われると、個体全体にも影響する

皮膚の細胞が失われても、新しい細胞が補充されれば、組織の働きを保つことができます。しかし、神経細胞のように再生や入れ替わりが限られている細胞が失われると、機能の回復が難しくなる場合があります。

脳では、神経細胞同士のつながりが、記憶や学習、運動、感覚などの機能を支えています。細胞が失われたり、つながりが損なわれたりすると、神経回路全体の働きに影響が出ることがあります。

そのため、長寿命の細胞の死は、体の一部を新しくするための通常の更新とは異なり、個体の機能低下に直結する場合があります。

この違いは、細胞の死を一律に「体に必要なもの」と考えるだけでは不十分であることも示しています。細胞死は、その細胞がどのような役割を担い、失われたときにどの程度補充できるかによって、個体全体への影響が異なるのです。

4. がんと細胞死――細胞が死ななくなると何が起こるのか

がんは、細胞が異常に増殖することで生じる

がんは、細胞が正常な増殖制御から外れ、異常に分裂・増殖することで起こる病気です。増え続けるがん細胞は、周囲の正常な組織に侵入し、臓器の働きを損なうことがあります。また、がんの種類や進行状態によっては、栄養の消費や臓器機能の低下などを通して、全身の状態を悪化させることもあります。

では、体の細胞は、なぜ異常な増殖をすべて防げるわけではないのでしょうか。

私たちの細胞では、日々、DNAに損傷が生じています。DNAは細胞の活動や分裂に必要な情報を担っているため、損傷が蓄積したり、修復の仕組みがうまく働かなかったりすると、細胞の増殖を制御する機能が乱れる可能性があります。

ただし、DNAに傷がついたからといって、必ずがん細胞になるわけではありません。細胞にはDNAを修復する仕組みがあり、損傷が大きい場合には細胞分裂を停止したり、アポトーシスなどによって細胞を取り除いたりする働きもあります。

がんの発生には、複数の遺伝子の変化や、細胞増殖・細胞死・免疫などに関わる仕組みの異常が複雑に関係しています。

アポトーシスは、がん化した細胞を排除する防御機構になる

細胞が異常な状態になったとき、アポトーシスによって排除されれば、その細胞が増殖して周囲に影響を及ぼす可能性を減らせます。つまり、アポトーシスは、がんの発生を防ぐための重要な防御機構の一つです。

しかし、がん細胞の中には、アポトーシスを起こしにくくする仕組みを獲得したものがあります。細胞の増殖を促す信号が強くなる場合もあれば、細胞死を誘導する仕組みが働きにくくなる場合もあります。

異常な細胞が増殖する力を持つだけでなく、本来なら死ぬべき状況で死なずに生き残ることが、がんの進行に関わるのです。

この点から見ると、がんは「細胞が増えすぎる病気」であると同時に、状況によっては「細胞が適切に死ななくなる病気」でもあります。細胞の増殖と死のバランスが崩れることが、がんの成立や進行に重要な意味を持ちます。

抗がん剤は、がん細胞の増殖を妨げたり、細胞死を誘導したりする

がん治療の一つに、抗がん剤を用いる薬物療法があります。抗がん剤にはさまざまな種類があり、DNAの複製を妨げたり、細胞分裂に必要な仕組みを阻害したり、がん細胞の細胞死を促したりするものがあります。

細胞分裂を活発に行うがん細胞に作用する薬は、増殖を抑えるうえで役立ちます。ただし、体内には、がん細胞だけでなく、正常であっても頻繁に分裂する細胞があります。たとえば、毛根の細胞や消化管の粘膜をつくる細胞などです。

そのため、治療薬が正常な細胞にも影響を及ぼし、脱毛や吐き気、血球の減少などの副作用が生じる場合があります。副作用の種類や程度は、使用する薬剤や治療方法によって異なります。

がん細胞だけを選択的に攻撃し、正常な細胞への影響をできるだけ抑えることは、がん治療の重要な課題です。

細胞死を抑えるタンパク質を標的にする治療研究

アポトーシスの仕組みを詳しく調べることで、新しいがん治療につながる可能性も生まれています。

アポトーシスの進行には、カスパーゼという酵素が重要な役割を果たします。一方、細胞には、アポトーシスを抑える働きを持つタンパク質も存在します。その一つが、IAP(アポトーシス抑制タンパク質)と呼ばれるタンパク質群です。

がん細胞の中には、細胞死を進める仕組みが存在していても、細胞死を抑える働きが強いために、アポトーシスが起こりにくくなっているものがあります。

そこで、IAPなどの働きを妨げることで、がん細胞が本来備えている細胞死の仕組みを再び働かせようとする研究が進められてきました。考え方としては、がん細胞の増殖を直接止めるだけでなく、がん細胞が死を回避する仕組みを崩し、細胞死へ導こうとするものです。

ただし、細胞死を抑えるタンパク質は、がん細胞だけでなく正常な細胞にも関係している場合があります。したがって、こうした分子を標的にすれば、必ず正常な細胞に影響を与えずに治療できるというわけではありません。実際の治療効果や安全性は、薬剤ごとに検証する必要があります。

細胞死の研究は、がん細胞をどのように排除するかという問題だけでなく、正常な細胞をできるだけ守りながら、異常な細胞を選択的に取り除くにはどうすればよいか、という課題に結びついています。

5. 細胞の死を理解すると、生命と病気の見方が変わる

細胞の死には、損傷によって起こる死と、体を正常に保つために制御された死があります。前者の代表として壊死があり、後者の代表としてアポトーシスがあります。また、神経細胞などの長寿命の細胞の死には、入れ替わりの活発な細胞とは異なる特徴があり、その仕組みには未解明の部分も残されています。

こうした違いを踏まえると、細胞の死を単に避けるべき現象と考えることはできません。必要な細胞死が起こらなければ、異常な細胞が体内に残り、がんなどの病気につながる可能性があります。一方、神経細胞などが必要以上に失われれば、脳や神経系の機能が損なわれることがあります。

つまり、生命を維持するうえで重要なのは、細胞をできるだけ長く生かすことだけではありません。細胞を増やすべきときには増やし、修復できない異常があるときには取り除き、必要な細胞を適切に維持することです。

がんの研究は、このバランスが崩れたときに何が起きるのかを示す代表的な例です。細胞が増え続けることと、細胞が死ななくなることは、互いに関係しながら病気の発生や進行に影響します。そのため、細胞死の仕組みを解明することは、がんの予防や治療を考えるうえで大きな意味を持っています。

私たちの体は、細胞が生まれることだけで成り立っているのではありません。細胞が適切なタイミングで死ぬことによっても、生命の秩序は支えられています。細胞の死は、生命の反対側にある現象であると同時に、生命を維持するための重要な働きでもあるのです。