介護保険には、利用できるサービスの量や時間に限りがあり、重い介護が必要な高齢者の生活を十分に支えきれないという問題があります。では、医療の仕組みはどうでしょうか。

病気になれば病院で治療を受けられる。日本の医療保険制度は、そうした安心を社会に広げてきました。しかし、病院で治療を受けられることと、病気を抱えながら安心して暮らせることは、同じではありません。

高齢者の場合、病気の治療が終わっても、身体機能が元どおりにならず、日常生活に介助が必要になることがあります。退院できる状態になっても、自宅で暮らすための支援が整っていなければ、病院を出ることは難しくなります。逆に、入院生活が長引けば、身体を動かす機会が減り、かえって生活機能が低下してしまう場合もあります。

医療の課題は、病気を治す技術や病院の数だけでは測れません。治療を終えた人がどこで生活を再開し、どのような支援を受けながら自分らしい暮らしを続けられるか。そこまで含めて考える必要があります。

1. 日本の医療は、なぜ病院中心になったのか

誰もが病院で治療を受けられる社会の成立

日本の医療を考えるうえで、1961年に実現した国民皆保険制度は重要な転換点です。原則として誰もが公的医療保険に加入し、医療費の一部負担で病院や診療所を受診できる仕組みが整いました。さらに、1973年には老人医療費の無料化が実施され、高齢者が医療機関を利用しやすい環境が広がりました。

こうした制度は、経済的な事情によって必要な医療を受けられない人を減らすという大きな意義を持っていました。一方で、病院や病床が増え、医療機関が高齢者の受け入れ先としても利用されるようになると、治療だけでは説明できない長期入院の問題が生じてきました。

家族構成の変化も影響しました。高度経済成長期以降、核家族化が進み、家族が自宅で高齢者を介護することは以前より難しくなりました。介護施設に対する社会的な抵抗感が強かった時代には、家族にとって病院が安心して親を預けられる場所と受け止められることもありました。

その結果、病気の治療が主な目的ではなく、家庭での介護が難しいために入院を続けるという状況が生まれました。医療制度が広く利用できるようになったこと自体は大きな成果でしたが、生活支援の不足を病院が肩代わりする構造も生まれたのです。

「社会的入院」とは何か

「社会的入院」とは、一般に、医学的には入院を続ける必要性が乏しくなっているにもかかわらず、介護する人がいない、在宅サービスが足りない、退院後の住まいが確保できないといった社会的な事情によって、入院が長期化する状態を指します。

たとえば、高齢者が肺炎の治療を受け、感染症そのものは改善したとします。しかし、入院中に体力が落ち、自分でトイレに行くことが難しくなったうえ、家族も仕事や健康上の理由で介護を担えない場合、退院後の生活をすぐに始めることはできません。病院にいれば医療職がそばにいて、食事や排せつの支援も受けられるため、結果として入院が続くことがあります。

この場合、問題は本人の病気だけにあるのではありません。退院後に利用できる介護サービス、住環境、家族への支援、地域の医療体制などが十分に整っていないことが、入院を長引かせる要因になっています。

社会的入院は、本人や家族が安易に病院に頼った結果だと単純に片づけられるものではありません。ほかに安心できる選択肢がなければ、病院を頼らざるを得ないからです。病院中心の仕組みを見直すには、入院を減らすだけでなく、退院後に生活できる場所と支援を用意することが欠かせません。

2. 医療を機能別に分けると、何が変わるのか

急性期の治療を終えたら、できるだけ早く生活の場へ

医療を見直す考え方の一つに、病院ごとの役割を明確にする「機能分化」があります。病気の発症直後や重症化した段階では、検査や手術、集中的な治療を行える急性期病院が必要です。しかし、急性期の治療が終わった後も、すべての人が病院に長くとどまる必要があるわけではありません。

目指すべきなのは、急性期病院で必要な治療を受けた後、本人の状態に応じて自宅や高齢者向け住宅などへ移り、地域で療養やリハビリテーションを続けられる仕組みです。退院後に必要な医療や介護を確保できれば、病院に長期間とどまらなくても、生活を再開できる可能性が高まります。

ここで大切なのは、早く退院させること自体を目的にしないことです。退院後の支援が整っていなければ、本人や家族の負担が増え、体調を崩して再入院することにもなりかねません。急性期病院から自宅に戻る場合にも、訪問診療、訪問看護、訪問介護、リハビリテーションなどを組み合わせる準備が必要です。

つまり、医療の機能分化は、単に病院の入院日数を短くするための仕組みではありません。治療に適した場所と、生活を続けるために適した場所をつなぎ、患者が必要な支援を切れ目なく受けられるようにすることが本来の課題です。

急性期、回復期、慢性期の役割をどう考えるか

医療機関には、病気の状態や必要な支援に応じて異なる役割があります。急性期では命に関わる病気や重症の状態に対応し、回復期ではリハビリテーションなどを通じて身体機能や日常生活能力の回復を目指します。慢性期では、病状が安定していても継続的な医療処置が必要な人などを支えます。

こうした役割分担は、患者に適した医療を提供するうえで意味があります。ただし、病院を順番に移ることそのものが目的になってしまえば、本来の意義が失われます。

たとえば、脳卒中で入院した高齢者が、急性期の治療を終えて回復期のリハビリテーションを受けることになったとします。リハビリテーションによって歩行能力が改善しても、帰宅先に手すりがなく、トイレまで安全に移動できず、家族も介助方法を知らなければ、自宅に戻ることは困難です。病院での治療や訓練が十分でも、暮らしの環境が整っていなければ、その成果を生活のなかで生かせません。

逆に、医療機関から地域へ移る段階で、住宅改修や福祉用具、訪問リハビリテーション、介護サービスなどを準備しておけば、退院後の生活を具体的に組み立てられます。

医療機関の機能を分けるだけでは不十分です。それぞれの機関が、患者の次の生活を見据えて連携することが求められます。

病床の区分だけでは解決しない問題

医療機関の役割を分けようとするなかで、病床の区分も見直されてきました。長期にわたって療養する患者に対応する病床と、主に急性期の治療を行う病床とでは、求められる設備や人員配置などが異なるからです。

しかし、病床の区分を設けただけで、長期入院の問題が解消するわけではありません。病院の経営や地域の医療資源、退院後の受け入れ先の有無など、さまざまな条件が関係します。

特に重要なのは、医療機関に長期間入院する必要がある人と、生活を支える仕組みがないために入院を続けている人とを、区別して考えることです。医療的な処置や観察が継続して必要な人には、それにふさわしい医療が欠かせません。一方、医療の必要性が低下していても、介護や住まいの問題で退院できない人には、生活を支える仕組みを整える必要があります。

この二つを混同すると、医療機関に入院する必要がある人まで退院を急がされたり、反対に、地域で暮らせる人が退院先を見つけられずに入院を続けたりする危険があります。

医療の効率化を考える際には、病床数や平均入院日数だけで判断せず、患者にとって適切な療養の場が確保されているかを確かめる必要があります。

3. 寝たきりを防ぐには、医療から生活への移行が重要になる

入院生活が身体機能の低下につながることもある

高齢者は、病気そのものだけでなく、入院生活によって身体機能が低下することがあります。病気の治療中にベッドで過ごす時間が長くなり、歩く、立ち上がる、食事をするなどの日常動作を行う機会が減ると、筋力や体力が落ちやすくなります。

特に、もともと体力が低下している高齢者では、短期間の入院でも退院後の生活に影響が出ることがあります。入院前には自分でトイレに行けていた人が、退院時には介助を必要とするようになる場合もあります。

もちろん、重症の病気や手術の直後には安静や集中的な治療が必要です。しかし、医学的に可能な段階になったら、安全に身体を動かし、日常生活に必要な能力を維持・回復させることが重要になります。

ここでいうリハビリテーションは、訓練室で決められた運動をすることだけではありません。ベッドから起き上がる、食事のために座る、トイレまで移動する、身の回りのことを自分で行うといった動作も、生活機能を維持するうえで大切です。

治療によって病気を改善することと、生活する力を守ること。その二つを切り離さずに考える必要があります。

地域でリハビリテーションを続けるという選択

退院後のリハビリテーションは、病院の外でも行えます。訪問リハビリテーションなどを利用すれば、本人が実際に生活する環境のなかで、必要な動作や安全な移動方法を練習できます。

たとえば、自宅の廊下が狭い、玄関に段差がある、寝室からトイレまでの距離が長いといった問題は、病院の訓練室だけでは十分に把握できません。実際の住環境を確認し、手すりや福祉用具の導入、動線の変更などを検討すれば、残された能力を生活のなかで生かしやすくなります。

このような支援には、医師や看護師だけでなく、理学療法士、作業療法士、介護職員、ケアマネジャーなどが関わることがあります。本人の身体状況と暮らしの条件を踏まえて、どのような支援が必要かを考えることが重要です。

病院を出ることは、医療との関係を断つことではありません。病院で必要な治療を受け、その後は地域で医療や介護を受けながら暮らす。そうした移行が円滑に進めば、入院生活だけに依存せず、生活の場で身体機能の維持や回復を目指せます。

4. 高齢者福祉の三原則から、医療の役割を考える

「生活の継続」――病気になっても、それまでの暮らしを大切にする

高齢者を支える仕組みを考えるうえで参考になるのが、デンマークで1982年に示された高齢者福祉の三原則です。そこでは、「生活の継続」「自己決定」「残存能力の活用」という考え方が重視されています。

第一の「生活の継続」は、高齢になったり介護が必要になったりしても、それまでの生活や人間関係をできるだけ維持できるようにする考え方です。

長年暮らしてきた地域には、本人が慣れ親しんだ店や道、近所の人との交流、日々の習慣があります。医療や介護が必要になったからといって、それらをすべて手放さなければならないわけではありません。住まいの環境を整え、必要な支援を組み合わせれば、暮らしの連続性を保てる場合があります。

もちろん、生活の継続は、必ずしも以前と同じ自宅に住み続けることを意味しません。介護や看護を受けやすい高齢者向け住宅に移ることが、その人にとってよりよい選択になる場合もあります。大切なのは、住む場所が変わっても、本人の生活や人間関係、日々の選択が尊重されることです。

医療の役割も、病気を治療するだけではなく、その人が生活を続けられるように支えることまで広げて考える必要があります。

「自己決定」――本人の希望を出発点にする

第二の原則は「自己決定」です。高齢者本人が何を望み、どのような生活を送りたいのかを確かめ、その意思を尊重するという考え方です。

高齢者が病気になったり、介護を必要としたりすると、家族が本人に代わって入院先や施設を決めることがあります。家族が心配し、安全を確保したいと考えるのは自然なことです。しかし、本人の希望を十分に聞かないまま、周囲の都合だけで生活の場所を決めてしまえば、本人が大切にしてきた暮らしや価値観が失われる可能性があります。

たとえば、本人は住み慣れた自宅で過ごしたいと考えていても、家族は転倒や急変が心配で施設への入居を希望することがあります。この場合、どちらかの希望を一方的に優先するのではなく、本人の身体状況、家族が担える支援、訪問サービスの利用可能性、緊急時の対応などを具体的に検討する必要があります。

本人の意思を尊重することは、本人にすべての責任を負わせることではありません。選択肢やそれぞれの利点・難点を分かりやすく伝え、考える時間を確保し、必要な支援を用意することが、自己決定を支える条件になります。

「残存能力の活用」――できることを奪わない

第三の原則は「残存能力の活用」です。病気や障害によってできないことが増えても、残されている能力を生かし、本人ができることを続けられるようにする考え方です。

介護の現場では、安全を優先するあまり、本人ができる動作まで周囲が代わりに行ってしまうことがあります。しかし、本人が自分でできることをすべて他者に任せるようになると、身体機能や意欲を維持する機会が失われる場合があります。

たとえば、時間はかかっても自分で食事ができる人に対して、急いで食べさせるのではなく、本人のペースに合わせて見守りや必要な部分の介助を行う。歩行に不安がある人には、危険を避けながら安全に移動できる方法を考える。こうした支援は、本人の力を生かすことにつながります。

もちろん、残された能力を使うことを無理に求めたり、危険な動作を本人に任せたりしてはいけません。身体状況や認知機能、本人の希望を踏まえ、安全を確保しながらできることを支えることが大切です。

三原則に共通しているのは、高齢者を単に「治療される人」や「介護される人」として扱うのではなく、生活を営み、自分の意思を持つ一人の人間として捉える姿勢です。

5. 医療を「病気を治す仕組み」から「生活を支える仕組み」へ

医療の効率化と、本人の暮らしを守ることを両立させる

病院中心の医療には、長期入院や医療費の増加といった課題があります。高齢者が増え続けるなかで、必要な医療を持続的に提供するためには、病院の役割を明確にし、地域で受けられる医療を充実させることが重要です。

ただし、入院日数を短縮することや医療費を抑えることだけを目標にすると、患者や家族に負担が移るだけになってしまうおそれがあります。病院から退院しても、自宅で必要な支援を受けられなければ、安心して生活することはできません。

医療の機能分化を進めるなら、同時に、訪問診療や訪問看護、在宅でのリハビリテーション、介護サービス、医療機関との連絡体制などを整える必要があります。家族がいない人や、家族による介護が難しい人でも、必要な支援につながることが重要です。

また、在宅生活が難しい人に対しては、医療や介護を受けられる住まいを確保しなければなりません。自宅で暮らすことだけを理想とするのではなく、本人の希望や病状に応じて、適切な場所を選べるようにすることが必要です。

医療と介護を一体として考える

病気の治療と日常生活の支援は、実際には密接につながっています。食事が十分に取れない、薬を管理できない、移動が難しい、家族が介護に疲れている。こうした生活上の問題は、健康状態を悪化させることもあります。

反対に、介護職員が日常の変化に気づき、看護師や医師につなげることができれば、病状の悪化を早く察知できる場合があります。医療職が本人の生活環境を把握していれば、治療の方針や療養上の助言も、実際の暮らしに合わせやすくなります。

医療と介護を別々の制度として利用するだけでは、支援の隙間が生まれることがあります。本人の生活を中心に据え、医療と介護が必要な情報を共有し、それぞれの役割を果たしながら支えることが大切です。

6. 安心して暮らし続けるために、私たちが考えておきたいこと

医療の仕組みを考えるとき、病院が必要か不要かという二者択一にしてしまうと、本質を見失います。急性期の治療が必要なときには病院が欠かせません。一方、治療が落ち着いた後も、すべての人が病院にとどまる必要があるわけではありません。自宅や高齢者向け住宅などで医療と介護を受けながら暮らすことが、本人にとって望ましい場合もあります。

重要なのは、本人の状態に応じて療養の場を選び、必要な支援が途切れないようにすることです。そのためには、病院の機能分化だけでなく、退院後の生活を支える医療・介護サービス、住まい、家族への支援、地域の連携体制が必要になります。

高齢者福祉の三原則が示しているのは、生活の継続、自己決定、残された能力の活用という、誰にとっても大切な考え方です。病気や障害があっても、その人の人生が病院のベッドの上だけで完結する必要はありません。

医療の本当の役割は、病気を治すことだけではなく、病気を抱えながらも、その人が自分らしく生きられる条件を整えることにあります。 病院での治療と地域での生活をつなぎ、本人の希望に沿った療養の場を選べる社会をつくること。それが、高齢化が進む時代の医療に求められる大きな課題です。