高齢者が病院に入院すると、さまざまな検査を受け、複数の薬を処方され、専門の診療科ごとに治療が進むことがあります。その一方で、「検査や治療を重ねても、本人の生活は本当に良くなるのだろうか」「入院したことで、かえって体力が落ちてしまうのではないか」と不安を感じる家族もいるでしょう。
高齢者は複数の病気を抱えていることが多く、一つの病気だけを診ればよいとは限りません。だからこそ、検査や治療の必要性を慎重に考えることが重要になります。
ただし、ここから「高齢者は入院しないほうがよい」という結論を導くのは早計です。入院によって命を救われる場合もあれば、骨折や感染症など、早期の治療がその後の生活を大きく左右する場合もあります。大切なのは、入院を一律に避けることではなく、その検査や治療が本人にどのような利益をもたらし、生活にどのような影響を及ぼすのかを考えることです。
1. 高齢者の医療では、病気だけでなく生活全体を見る必要がある
一つの病気を治療しても、すべての問題が解決するとは限らない
高齢になると、高血圧、糖尿病、心臓や腎臓の病気、関節の痛みなど、複数の疾患を抱えることがあります。さらに、視力や聴力の低下、筋力の衰え、認知機能の変化なども重なり、健康状態は一つの病名だけでは説明できなくなります。
こうした人が複数の診療科を受診すると、それぞれの専門医が担当する病気について検査や治療を行うことになります。専門的な診療は重要ですが、個々の病気だけに注目すると、患者の生活全体を見渡しにくくなる場合があります。
たとえば、ある高齢者が心臓の病気で入院したとします。心臓の状態を詳しく調べ、必要な治療を行うことは大切です。しかし、治療に集中するあまり、食事や歩行の機会が減り、筋力が衰えてしまったらどうでしょうか。退院時には心臓の状態が改善していても、以前のように歩けなくなり、自宅での生活が難しくなる可能性があります。
つまり、病気の数値や検査結果が改善することと、本人の暮らしが改善することは、必ずしも同じではありません。
「治す医療」と「生活を支える医療」
新田氏は、専門医が病気を治療する役割を担う一方で、総合的な診療を行う医師は、病気が完全には治らない場合も含めて、その人が生きていくために必要な医療を考えるという視点を示しています。
高齢者の場合、すべての病気を根治することが難しい場合もあります。だからといって、医療の役割がなくなるわけではありません。症状を和らげること、病状の悪化を防ぐこと、日常生活の機能を保つこと、本人が住み慣れた場所で暮らせるように支援することも、重要な医療の役割です。
この考え方を、ここでは「生活を支える医療」と呼ぶことができます。
たとえば、関節の痛みを完全になくすことが難しくても、痛みを調整しながら歩く力を保ち、家のなかを移動できるようにする。慢性疾患を抱えていても、必要な治療を続けながら、食事や外出など本人が大切にしている生活を維持する。そうした支援も、医療が目指すべき成果に含まれます。
2. 検査や治療は、何を目的に行うのか
検査の数が多いほど、よい医療とは限らない
検査は、病気の原因を突き止め、適切な治療を選ぶために行います。したがって、必要な検査を避けるべきではありません。高齢者でも、早期発見や迅速な治療によって、命を救ったり、重い後遺症を防いだりできることがあります。
一方で、検査を行うこと自体が目的になってしまうと、患者にとっての利益が見えにくくなります。
たとえば、検査によって異常が見つかったとしても、その異常が現在の症状に関係しているのか、治療することで本人の状態が改善するのか、治療による負担はどの程度なのかを考える必要があります。検査結果に異常があれば必ず治療しなければならない、というわけではありません。
特に高齢者では、複数の疾患を抱えているため、検査や治療が積み重なることがあります。それぞれの医療行為が個別には合理的でも、全体として見ると、通院の負担や薬の副作用、身体的・精神的な疲労が大きくなっていることも考えられます。
そのため、検査や治療を検討するときには、次のような問いが役立ちます。
- この検査で、何を明らかにしようとしているのか。
- 結果によって、治療やケアの方針は変わるのか。
- 治療によって期待できる利益と、本人が負う負担はどの程度か。
- その医療行為は、本人が大切にしている生活を支えることにつながるのか。
こうした問いは、医療を拒むためのものではありません。医療を受ける目的を明確にし、本人にとって意味のある選択をするためのものです。
治療の利益と負担を、本人の状態に合わせて考える
同じ病気でも、年齢や体力、持病、本人の希望によって、治療の利益と負担は異なります。
治療によって長く元気に暮らせる可能性が高いなら、積極的に治療する意義は大きいでしょう。一方、治療による負担が非常に大きく、期待できる効果が限られている場合には、症状を和らげることや生活の質を守ることを重視した選択肢も検討する必要があります。
もちろん、その判断を年齢だけで決めることはできません。「高齢だから治療しない」「年を取ったら検査は不要」といった考え方は適切ではありません。本人の身体状態、病気の性質、治療によって期待できる効果、そして本人が何を望んでいるかを総合的に考えることが大切です。
3. 入院が高齢者の身体に及ぼす影響
ベッドで過ごす時間が長いと、身体機能が低下することがある
高齢者の入院で注意したい問題の一つが、活動量の低下です。病気やけがの治療のために入院しても、ベッドで過ごす時間が長くなれば、筋力や体力が落ちることがあります。
このように、安静や活動の減少などによって、使っていない身体の機能が低下することは「廃用症候群」と呼ばれます。歩く機会が減れば足腰の筋力が衰え、起き上がることや立ち上がることにも介助が必要になる場合があります。
たとえば、入院前は自分でトイレに行けていた人が、入院中にほとんどベッドから離れずに過ごした結果、退院するころには歩行が難しくなってしまうことがあります。病気の治療が終わっても、身体機能が元に戻らなければ、自宅で暮らすことが難しくなるかもしれません。
入院による身体機能の低下は、すべての高齢者に必ず起こるわけではありません。病気の重症度や入院期間、本人の体力、リハビリテーションの実施状況などによって異なります。それでも、入院が必要な場合には、治療と並行して、できる範囲で身体を動かし、食事や睡眠を整え、生活機能を保つことが重要です。
入院前の暮らしに戻れるかどうかも、治療の成果になる
高齢者の医療では、病気が改善したかどうかだけでなく、退院後にどのような生活を送れるかも大切な評価の視点です。
病気が治っても、歩けなくなったり、食事を自分で取れなくなったり、認知機能が大きく低下したりすれば、本人の暮らしは大きく変わります。家族の介護負担が増え、自宅に戻ることが難しくなる場合もあります。
そのため、入院中から、できるだけ早く離床や歩行を始められるか、必要なリハビリテーションを受けられるか、退院後の生活をどう支えるかを考えておくことが大切です。本人の状態に応じて、医師や看護師、リハビリテーション職、医療ソーシャルワーカーなどが協力し、退院後の生活を見据えた支援を行うことが望まれます。
入院は病気を治すための重要な手段ですが、入院した後の生活まで見通してこそ、その効果を十分に生かせるのです。
4. 高齢者は入院を避けたほうがよいのか
入院を避けることではなく、必要性を見極めることが重要
ここまでの問題を考えると、高齢者は入院を避けたほうがよいように思えるかもしれません。しかし、入院を避けることそのものを目標にするのは危険です。
たとえば、肺炎や重い感染症、心筋梗塞、脳卒中、骨折などでは、迅速な診断や専門的な治療が必要になることがあります。必要な入院をためらえば、病状が悪化したり、回復の機会を失ったりする可能性があります。
大切なのは、入院が必要な状態なのか、外来や在宅で対応できるのかを、医学的な判断に基づいて検討することです。自宅で療養する場合にも、医師の診察や必要な検査、訪問看護などを組み合わせる必要があります。
また、入院を選択した場合でも、本人の生活機能を守るためにできることはあります。入院の目的を確認し、治療の見通しや退院の条件を医療者と話し合い、必要以上に活動が制限されないように配慮することが重要です。
医師に相談するときは、生活上の希望も伝える
医療の判断では、病気の状態だけでなく、本人がどのような生活を望んでいるかも重要な情報になります。
たとえば、「できるだけ自宅で暮らし続けたい」「自分で歩ける力を保ちたい」「苦痛をできるだけ減らしたい」「家族に過度な負担をかけたくない」といった希望です。こうした思いを医師に伝えることで、検査や治療の目的を確認しやすくなり、本人の生活に合った方針を考える助けになります。
医師に尋ねる際には、「この検査は何のために必要ですか」「検査結果によって治療方針はどう変わりますか」「入院しない場合には、どのようなリスクがありますか」「退院後の生活を支える方法はありますか」といった具体的な質問が役立ちます。
疑問を持つことは、医療者を疑うことと同じではありません。説明を受け、選択肢を理解し、本人や家族が納得して方針を決めることは、適切な医療を受けるための大切な過程です。
5. 高齢者に必要なのは「生活を続けられる医療」
病気を治すことと、その人らしい生活を守ることを両立させる
高齢者の医療を考えるうえでは、病気を治すことだけを唯一の目標にしない視点が欠かせません。病気を治療することはもちろん重要ですが、それと同時に、本人ができることを保ち、日々の生活を続けられるように支えることも大切です。
たとえば、慢性疾患を完全に治すことが難しくても、症状を適切に管理すれば、自宅での生活を続けられる場合があります。身体機能が低下しても、リハビリテーションや介護サービスを利用することで、本人が望む活動を維持できることもあります。
新田氏が重視する総合的な診療の視点は、こうした生活全体への配慮につながります。複数の病気を個別に診るだけではなく、本人の身体状態や生活環境、希望を総合的に捉え、どのような医療が必要かを考えるのです。
かかりつけ医と相談し、医療を自分たちの暮らしに結びつける
日頃から健康状態を把握しているかかりつけ医がいれば、病気やけがが起きた際にも、これまでの経過や本人の生活状況を踏まえた相談がしやすくなります。必要に応じて専門医療機関につなぎ、退院後は在宅医療や介護サービスと連携することもできます。
また、入院中に退院後の生活が心配になった場合は、担当医や看護師、病院の相談窓口、医療ソーシャルワーカーなどに相談する方法があります。自宅での療養を希望するなら、利用できる在宅医療や介護サービス、家族への支援について、早めに情報を集めておくとよいでしょう。
こうした仕組みが整えば、入院するか自宅で療養するかという選択も、単なる二者択一ではなくなります。必要なときには病院で治療を受け、状態が落ち着いたら自宅で暮らす。自宅での療養が難しいときには施設などの支援を利用する。本人の状態に応じて、医療と生活の場をつなぐことが可能になります。
6. 医療の価値は、検査の数ではなく本人にもたらす利益で考える
高齢者に対して検査や治療を重ねることが問題になるのは、医療そのものが不要だからではありません。検査や治療が、本人にとってどのような意味を持つのかを十分に考えないまま進んでしまうと、身体的な負担や生活機能の低下につながる可能性があるからです。
一方で、必要な検査や入院を避ければ、命や健康を守る機会を失うこともあります。したがって、重要なのは「入院するか、しないか」をあらかじめ決めつけることではありません。医学的な必要性と治療による利益、本人の生活への影響、そして本人が大切にしたいことを一緒に考える姿勢です。
高齢者の医療は、病気の数値を改善するだけでなく、その人がどのように暮らし、何を大切にしながら生きていくのかを支えるものであってほしいものです。検査や治療を選ぶときには、「何が見つかるか」だけでなく、「その結果を、本人のよりよい生活にどう結びつけるか」という視点を持つことが大切です。
高齢者に必要なのは、入院を避けることでも、検査を減らすこと自体でもありません。必要な医療を適切に受けながら、本人の身体機能と生活、そして尊厳を守ることなのです。
