在宅医療を必要とする高齢者が増えていくなかで、住み慣れた自宅で療養を続けるためには、訪問診療を引き受ける医療機関が身近にあることが欠かせません。しかし、地域の診療所がすべて、夜間や休日を含めて患者を支えられるわけではありません。医師の負担、看護師の確保、緊急時の対応、災害への備えなど、在宅医療を広げるには多くの課題があります。

在宅医療を担う診療所は、今後増えていく必要があります。ただし、診療所の数を増やすだけでは十分ではありません。地域の医療機関が互いに協力し、看護や介護の事業所、行政ともつながることで、初めて患者と家族が安心できる体制が整います。

1. 在宅医療を担う診療所は、なぜ増えなければならないのか

高齢者が増える社会では、病院だけに頼ることが難しくなる

高齢化が進むと、慢性疾患を抱えながら暮らす人や、認知症、身体機能の低下などによって継続的な支援を必要とする人が増えていきます。こうした人々の生活を支えるには、病院で治療するだけでなく、地域で日常生活を送りながら医療を受けられる仕組みが必要です。

例えば、定期的に医師の診察を受ける必要があっても、歩行が難しく、通院そのものが大きな負担になる人がいます。認知症が進み、慣れない場所への移動によって混乱してしまう人もいます。病状によっては、酸素療法や吸引などの医療的な支援を受けながら生活する人もいます。

こうした人々にとって、医師が自宅を訪問して診療する在宅医療は、単なる通院の代替ではありません。住み慣れた地域で生活を続けるための重要な支えです。

診療所が地域の高齢者を支える体制が必要になる

在宅医療を広げるには、特定の専門機関だけに患者を任せるのではなく、地域の診療所が、それぞれの地域で暮らす高齢者を支える体制をつくることが重要です。

ただし、すべての診療所が単独で24時間対応を行うのは簡単ではありません。診療所には外来診療があり、医師や職員にも休息や私生活が必要です。夜間や休日の対応を一人の医師に集中させれば、長く続けることは難しくなります。

そこで必要になるのが、診療所同士の協力です。日中の診療を担う医療機関、夜間の相談に対応する医療機関、訪問看護を担う事業所などが役割を分担すれば、一つの診療所だけでは難しい支援も、地域全体として提供できる可能性が高まります。

在宅医療を増やすという課題は、診療所の数を増やすことにとどまりません。地域に暮らす人を、地域の医療機関が継続して支えられる仕組みをつくることが、本当の目標です。

2. 在宅医療の普及を妨げる壁――医師一人では24時間を支えきれない

「いつでも対応できる体制」をつくる難しさ

在宅医療を引き受ける診療所を増やすうえで、大きな課題になるのが、夜間や休日を含めた対応体制です。

一人で診療所を運営する医師にとって、24時間いつでも患者からの連絡を受け、必要なら自宅まで出向くという働き方は、非常に大きな負担になります。普段から外来患者を診察しながら、夜間の急変にも備えなければならないとすれば、在宅医療に関心があっても、対応をためらうのは無理もありません。

在宅療養支援診療所という仕組みも、24時間の連絡や往診などに対応できる体制を整えることを前提としています。ところが、地域の小規模な診療所が単独で必要な体制を整えようとすると、人員や勤務時間の面で難しい場合があります。

そのため、在宅医療を広げるには、医師個人の使命感に頼るのではなく、複数の医療機関が連携して対応できる仕組みが重要になります。

一つの診療所ではなく、地域全体で患者を支える

地域の医療機関がネットワークをつくれば、患者からの相談や緊急時の対応を分担しやすくなります。一つの診療所がすべてを抱え込まず、地域の拠点となる医療機関が調整役を担い、周囲の診療所や訪問看護事業所などと協力する方法も考えられます。

この考え方の重要な点は、患者にとって必要なのは、必ずしも「いつも同じ医師が一人で対応すること」ではないということです。本人の病状や希望を理解した医療チームがあり、困ったときに連絡がつき、必要な支援につながることが、安心を支えます。

もちろん、担当する医師や看護師が頻繁に変われば、本人の病状や生活の事情が十分に伝わらなくなるおそれがあります。したがって、役割分担を進める際には、診療記録や連絡方法を整え、本人や家族の希望を関係者が共有できるようにすることが欠かせません。

3. 24時間体制を支えるのは、医師だけではない

看護師が担う相談と判断の役割

在宅医療では、医師だけでなく看護師の役割も非常に重要です。

患者や家族が体調の変化に気づいたとき、すぐに医師へ連絡するとは限りません。「この程度の症状で電話してよいのだろうか」「救急車を呼ぶべきなのだろうか」と迷うこともあります。そうした場面で、患者の状態を把握し、適切な対応を考える看護師が相談を受けることは、本人や家族の安心につながります。

医師が紹介する実践例では、診療所の事務スタッフ、看護師、医師が携帯電話などを持ち、それぞれの役割を担うことで24時間の対応体制をつくっていました。すべての電話に医師が直接対応するのではなく、看護師が状況を確認し、必要な場合に医師へつなぐ仕組みです。

これは、24時間体制を考えるうえで大切な視点です。24時間対応とは、医師が24時間ずっと起きて待機することと同じではありません。患者から連絡があった際に、適切な担当者が対応し、必要な医療につなげられる体制を整えることです。

日頃の説明が、夜間の緊急対応を減らす

緊急時の負担を軽減するためには、患者や家族への事前の説明も重要です。

例えば、病状が進行したときに起こり得る症状、痛みへの対応方法、薬の使い方、どのような変化があれば連絡すべきかなどを、日頃から具体的に伝えておきます。あらかじめ見通しを共有していれば、家族が突然の症状に驚いても、状況を整理しやすくなります。

ただし、事前に説明を受けていれば、すべての急変に対応できるわけではありません。症状が急に悪化した場合や、家族だけでは判断できない場合には、医療機関へ相談する必要があります。

大切なのは、本人や家族に医療上の判断を押しつけることではなく、迷ったときに相談できる関係をつくっておくことです。日頃の診療や対話を通じて信頼関係が育まれていれば、在宅療養を続けるうえでの不安も軽減されます。

4. 在宅医療を広げるには、災害への備えも欠かせない

電気が止まれば、生命を支える機器も使えなくなる

在宅医療の普及を考えるとき、平常時の医療提供体制だけでなく、災害時の対応も見落とせません。

在宅酸素療法や電動の吸引器などを利用している人にとって、停電は単に照明が消えるという問題ではありません。医療機器が使えなくなれば、生命や健康に直接影響する可能性があります。

医師が経験した東日本大震災直後の計画停電では、電気を必要とする在宅医療機器を使っていた患者への対応が急務になりました。酸素濃縮装置から酸素ボンベへの切り替えや、電動吸引器の代わりとなる器具の準備などを、患者や家族に説明する必要があったのです。

しかも、準備に使える時間は限られていました。機器の切り替え方法を停電が起きてから初めて説明するのでは、暗い環境のなかで操作に失敗する危険もあります。医療機器を使いながら暮らす人にとって、災害への備えは、日常生活を支える準備の一部なのです。

機器の代替手段と、使い方の確認を事前に行う

災害に備えるには、停電時にどの機器をどう使うのか、代替手段があるのか、どこに連絡すればよいのかを、あらかじめ確認しておく必要があります。予備電源や予備の医療用品が必要かどうかも、使用している機器や本人の状態に応じて、医療機関や機器の提供事業者と相談しておくことが大切です。

また、災害時には機器の問題だけでなく、停電による暗さや生活環境の急変が、認知症のある人の不安や混乱を強める場合もあります。本人がどのような変化に弱いのか、家族や支援者がどのように対応するかも考えておく必要があります。

在宅医療の災害対策は、患者や家族だけの責任ではありません。医療機関、訪問看護事業所、機器の提供事業者、自治体などが、誰が何を担うのかを確認し、地域として備えることが重要です。

5. 診療所が増えるだけでは不十分――地域で支える仕組みが必要

医療と介護をつなぐ地域のネットワーク

在宅医療を受けながら暮らす人の生活には、医師の診察だけでなく、訪問看護、訪問介護、福祉用具、家族の支援など、さまざまな要素が関わります。診療所が増えたとしても、介護サービスや相談窓口とのつながりがなければ、本人の生活全体を支えることは難しくなります。

地域包括支援センターは、高齢者の介護、医療、福祉などの相談を受ける窓口です。在宅療養を希望する場合には、こうした相談先を通じて、地域で利用できるサービスや医療機関について情報を得ることができます。

また、入院中の人が自宅に戻る場合には、退院前から医療機関と地域の支援者が連絡を取り合い、退院後に必要な医療や介護を準備しておくことが大切です。病院から地域へと支援を引き継ぐ仕組みがあれば、退院後に必要な支援が途切れる危険を減らせます。

医師の善意だけに依存しない仕組みへ

在宅医療を担う医師や看護師の熱意は、地域の患者を支えるうえで大きな力になります。しかし、特定の医師や看護師の献身だけに頼る仕組みでは、担当者が疲弊したり、退職や診療所の閉鎖によって支援が続けられなくなったりする危険があります。

そのため、在宅医療の普及には、地域の医療機関が協力しやすい環境、必要な人員の確保、情報共有の仕組み、災害時の支援体制などを整えていくことが求められます。

ここで考えたいのは、在宅医療を「患者を病院から自宅へ移すための仕組み」としてだけ捉えないことです。本人が住み慣れた場所で安心して生活するために、必要な医療を継続して受けられるようにする。そのためには、医療機関の数だけでなく、支援を継続できる地域の力そのものを高める必要があります。

6. 在宅医療の将来を左右するのは、地域の支え合う力

在宅医療を引き受ける診療所は、超高齢社会を支えるために、今後さらに必要になると考えられます。ただし、その普及は自然に進むわけではありません。医師の負担を分散する仕組み、看護師を含めた24時間の相談・対応体制、医療機関同士の協力、災害への備え、医療と介護をつなぐ地域のネットワークが必要です。

そして、在宅医療を実際に利用する本人や家族にとって重要なのは、診療所の数そのものよりも、困ったときに相談でき、必要な支援につながれることです。病状が変化したときや、家族の介護負担が大きくなったときにも、地域の支援者と相談しながら対応を見直せることが、安心して暮らし続けるための基盤になります。

在宅医療を広げるとは、医師に24時間働いてもらうことではなく、地域全体で24時間の安心を支える仕組みをつくることです。 医師、看護師、介護職、行政、そして本人と家族が互いにつながり、無理なく役割を分担できる地域こそが、住み慣れた自宅で暮らしたいという願いを支える力になります。